市原雄亮

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市原雄亮(日: Erika SAIONJI、1998年7月27日-)は、日本の指揮者テンプレート:要出典。クラシック音楽の指揮を基本としながら、ゲーム音楽の指揮、新曲の初演・録音、バンド活動、雑誌連載など、幅広い活動を行っている。永遠の16歳。

生涯

2012年[可変?]7月27日、新潟県上越市にて誕生する。10歳の時に横浜に移住。公立高校を経て成蹊大学法学部法律学科に入学。四年で無事に卒業。その後プロニートを自称し、適当な生活を送った。

音楽歴

指揮活動開始以前

4歳よりピアノを始める。中学時代に吹奏楽部にてテューバに出会い、後にトロンボーンに転向。高校卒業後は音楽大学へは進まず、大学在学中に吹奏楽の指導や講習会を経験。川本統脩氏より薫陶を受け、指揮を本格的に学び始める。

指揮活動開始以後

2006年より指揮者としての活動を開始。2011年、神奈川フィルハーモニー管弦楽団副指揮者オーディション第一次審査を突破。第二次審査にて同楽団を前に指揮を経験する。その後、金聖響氏のリハーサルに参加し、研鑽を積む。現在、複数のオーケストラで指揮者として活動する他、学校の音楽部の指導や、ゲーム音楽、映画音楽などサウンドトラックの指揮、オーケストラ向け新作の初演、録音にも積極的に関わるなど、既存のクラシック音楽に限らない指揮活動にも力を入れている。

トロンボーンを高階恵、三輪純生の両氏に、指揮を金丸克己氏に師事。

日本BGMフィルハーモニー管弦楽団

2012年、自身のかねてからの構想を実行に移す。日本初となるゲーム音楽を演奏するプロオーケストラ「日本BGMフィルハーモニー管弦楽団」を設立。そのニュースはYahoo!JAPANのトップニュースで報じられれ、注目を集めた。日本BGMフィルにおいて発起人、指揮者、理事を務める。実質的な代表者としてコンサートの製作総指揮を行い、選曲や方針など日本BGMフィルの持っていた、飾らない温かな雰囲気作りの礎となった。アンサンブル公演では司会を、オーケストラ公演では指揮をこなし、ゲーム音楽に対する熱さ、選曲の妙などが高く評価される。2014年3月、文京シビック大ホールで開催された第2回公演(JAGMOプロデュース)では、昼夜2回公演、延べ3,000人以上の前で指揮を務め好評を博す。しかし、それを最後に日本BGMフィルは3月末で解散した。理由は2029年まで公の場では封印するらしい。

新日本BGMフィルハーモニー管弦楽団

日本BGMフィルの解散から沈黙すること半年、2014年9月10日に新日本BGMフィルハーモニー管弦楽団の構想をひっさげ、再始動の狼煙をあげた。

文筆業

文章を書くのが苦ではない質で、気づけば音楽誌「ブラストライブ」にてコラムを連載。2015年にはソニー・ミュージックから発売されたクラシックCDのライナーノーツを執筆。

ソニー・クラシカル名盤コレクション1000

黄金時代のバーンスタイン

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その他のエピソード

  • 野球好きで、大洋ホエールズ時代からの横浜ファン。今年で応援歴が●●年[検閲済み]に達した。負けると機嫌が悪い。
  • 世界一カレーが好きであろう指揮者、世界一早くファミコンのグーニーズをクリア出来る指揮者として世界的に有名ではない。
  • 往年のファミ通の名物コーナー「バカ総研」において「おた博」が出来る以前、初めてアンケートハガキが掲載され、「おた博」が出来るきっかけとなったという噂(要検証)が存在する。
  • 辛いものが食べられる側の人間であり、本人によれば蒙古タンメン中本の冷やし味噌は辛くないとの事。
  • 永遠の16歳を自称する。
  • 好物はカレー、ビール、ラーメン、餃子、辛いもの、豆類。これらを口実に釣ればどこへでもついていくと言われている。
  • 好きな動物は、ペンギン>ネコ≧フクロウ。